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フランクフルトの夜 卒業旅行二日目後編その2

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 生まれて初めて行った外国は、オーストリア。ただしウィーン空港のみ。
 それでも初の海外ということで印象に残った。
 みんなでかい。周りがみんな欧米人という状況になって、最初に思った。よくスポーツなんかで外国人は体格が違うと言うのが、今までよくわかってなかった。
 外国人はもう見慣れたと思っていたけど、それは日本人の中にぽつんぽつんといる姿であって、外国の人だけがこんなに大勢いるという状況は初めて。巨人の国だ。僕の頭の高さに肩がある女の人なんか日本で見たことなかった。日本人はよくこんな体格差のある人たちと戦争したな、とも思った。
 乗り継ぐ飛行機が遅れていて、一時間半の予定が二時間くらいいた。時間があったのでスタバに行こうと思ったけど意外と高いからやめた。

 ここでの乗り継ぎのときにまた、ペットボトルのお茶を没収された。成田でわざわざ買ったものの結局飛行機では飲み物が沢山出てきたので蓋も開けずにカバンに入れっぱなしにしていた。その場で飲んでもいいと言うからできるだけ飲んでから捨てた。

 フランクフルト空港についてはあまり覚えていない。ただ、空港の中にチャリに乗った人たちがたくさんいた。あとトイレに行きたくてすごく探し回った。そして、ここで初めて仕事以外で僕に話しかけてきた人がいた。中国人。
 いきなり中国語でまくし立てられた。ドイツ人に中国人と間違えられる覚悟はしてきていたけど、中国人に間違えられるとは思ってなかった。まあこっちから見ても言葉を聴かないで日本人韓国人中国人を顔だけで区別するのは難しいけど。このとき、英語で返事をするかどうか迷ったが、向こうも母国語で話しかけてきてるのだからこっちも日本語で対応した。
 「わかりません。日本人です。」
 「ニホンジン?」
 通じた。日本人って言葉は中国でも知られてるのか。そこからお互いに英語で話した。
 電車に乗るにはどこから行けばいいのかということだったが、そんなの知らないし早くトイレに行きたかったので、I don`t knouで別れた。 
 トイレに行ったあと、電車に乗ってフランクフルト中央駅に向かった。電車に乗るホームはすぐ見つかった。あの中国人はどうなっただろう。

 ドイツの駅には改札がなくていきなりホームに行けるのには少し驚いた。だからぼんやりしていると切符を買わないまま電車に乗ってしまうこともあるかもしれない。もし無賃乗車が見つかったら罰金40ユーロだ。
 切符は自販機で売っているが自販機のシステムが日本とぜんぜん違うのでちょっと戸惑った。
 駅にも自転車に乗った人はいた。
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 フランクフルト中央駅から出た瞬間、目の前に広がる日本とは全然違う街並みにやっとヨーロッパを実感して感動した。写真は次の日の朝撮った。でも一夜明けて見てみるとこのときほどの感動はなかった気がする。
 ホテルまでは駅から徒歩1分。フロントの人は日本人と見るやすべて英語で対応してくれた。おかげでこっちはドイツ語で挨拶したのに向こうは英語で返すというちぐはぐな感じになった。
 鍵を受け取って部屋へ行ったところで問題が発生した。ドアが開かない。鍵は鍵穴にささるし廻せるから間違ってはいないと思うが、押しても引いてもドアは開かない。仕方がないのでフロントに行った。
 ドアはフロントの人によっていとも簡単に開けられた。ありがたい反面、悔しさもあった。少し苦労してほしかった。一回くらい開けられないふりをするくらいのサービス精神があってもいいじゃないか。
 
 すでに十時ごろ。部屋を一通り見てから遅い夕食を食べに外に行くつもりだったが、今日一日の疲労から日和って近くのパン屋でパン買って部屋で済まそうという安易な方向に行きそうになった。ただそれはあとで絶対後悔すると思い、何とか怠け心に打ち勝った。
 飛行機の中で調べたところ、フランクフルトにきたらザクセンハウゼンという地区のアプフェルヴァイン(りんご酒)は欠かせないらしい。行きたい店をいくつか選んでおいたので、とりあえず地下鉄(Uバーン)でその辺リへ行こう。
 が、ホテルを出てすぐ財布を忘れたことに気づき、部屋に戻った。またドアが開かない。もう一回フロントに行くのは嫌だったので、しばらくガチャガチャやっていたら隣の部屋から日本人のおばさんが出てきた。その人が言うには前の日も日本人がドアを開けられずに苦労していたらしい。
 そして、関西弁でドアの開け方を教えてくれた。右に二回、ガチャっというまで回した後左に三回回すと開くらしい。ほらね、と目の前で開けて見せてくれた。

 財布を持って、再出発。地下鉄の切符も買い方が難しかったが何とか解読した。
 
 ザクセンハウゼンはりんご酒で有名なだけあって飲み屋が多い、結構栄えた感じだった。店の前でたむろしている酔っ払った大学生みたいな集団を見て、きよたの前を思い出した。どこの国も飲み会は似たようなもんだと思った。ドイツはヨーロッパでも治安はいいほうだと聞いたが、確かにそんなに危険な感じはあまりしなかった。

 目当ての店の一つを見つけ、入ってみた。そしてドアを開けた瞬間、中の騒々しい様子が見えて、すぐ閉めた。一人じゃ無理だ。あまりに本格的過ぎる。レストランとか居酒屋って感じでは全くなくて、まるでロードオブザリングに出てくる酒場みたいだった。

 仕方ないので調べておいたもう一つの店に行ったが、状況は似たようなものだった。ここも一瞬で出たが、このまま帰るのは癪だったので再チャレンジするか外で少し考えていた。
 そのとき入り口のところにいた酔っ払いに指差されて「オー、サケノミー!」って片言の日本語で言われた。日本人観光客にでも教わったんだろう。
 これをきっかけに再び中に入ることにした。中に入っても店員が来る気配はない。目が合っても無視された。仕方がないので空いてる席を探して歩き回っていたが、どのテーブルも盛り上がっている。
 すると店員が一人話しかけてきた。一人かときくのでそうだというと、席に案内されたがドイツ人夫婦と相席だった。

 席に着くと英語のメニューを渡された。せっかくドイツ語の料理の名前を調べてきたのに無駄になった。むしろ英語のほうが名前から想像しなくてはいけないのでわかりずらい。結局、肉が食べたかったのでドイツ式ポークチョップとりんご酒を一杯注文した。
 値段は日本とおなじくらいかなと思ったけど出てきた皿と料理の大きさが一回り違った。ポークチョップは想像してたのと違い、あっさりした味付けだったが美味しかった。豚肉とマスタードは合うなあって言う感想。パンもついてきた。
 料理の写真を撮ろうとしたら、向かいの夫婦の奥さんのほうが、僕も入れて写真を撮ってくれるというのでありがたく撮ってもらった。136_3632_convert_20080525012342.jpg
この人は僕がいきなり料理の写真を撮ろうとしたことに少し驚いた様子だった。ドイツにはあまりそういう人いないんだろうか。「この料理に心動かされたのね。」みたいなことを言われた。英語で。この夫婦はずっと英語で話しかけてきたから途中まで英語圏からの旅行者だと思ってた。
 名物のりんご酒もやっぱり大きなコップに入って出てきた。手作りって感じでぬるかったけどこれが適温なんだろうか。美味しかったけど疲れで酔いが回り、一杯でもうこれ以上は飲めないと思った。
 
 相席になった夫婦とは、奥さんのほうがトイレに行ってる間暇になった旦那さんが話しかけてきたのがきっかけで結構いろいろ話したが、あまり盛り上がらなかった。料理を食べ終え、会話に少し悔いを残したまま店を発つことになった。
 
 ホテルまでは地下鉄二駅分。少し酔っていたが帰り道は、次の日のための予習も兼ねて地図を見ながら歩いてみることにした。夜道を一人は少し怖いけど、一人で歩いている女の人もいたのでまあ何とかなるだろう。ただ、いつでも何かあったとき走って逃げれるよう周囲の地形や逃げ道を確認しながら歩いていた。
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 ドイツ映画博物館はもちろんしまっていたがアニメ展みたいのをやっていて、入り口には悟飯が大きく書かれた看板とトトロの大きなパネルがあった。
 ドイツの道は歩道も広いし歩きやすいけど青信号が点滅しないので、渡ってる途中で気づいたら赤だ、危ねってことがたまにあった。あとやたら路駐多いなと思ってたら、よくみたら道路に白線が引いてあって、ちゃんと駐車場になってることに気づいた。

 ホテルの近くで、なんかイタリア人ぽい人がやってるパンやピザの店でプレッツェルっていう固いパンみたいなのが美味しそうだったので買ってホテルで食べた。マーガリンがはさんであって、塩味。これも良かった。
 ドイツはやけにイタリア料理やピザ、イタリアのアイスの店が多かった。
 ドイツ人とイタリア人ってアリとキリギリスみたいな正反対のイメージだけど意外と仲が良いのかな。まあ日独伊三国同盟の、いわゆる枢軸国だし。イタリアからの移民が多いのかな。アリとキリギリスみたいな。なんかドイツが一方的にイタリアの華やかさにあこがれてそうなイメージもあるけど。
 あと、中華料理屋はたいていどこの町にも「新世界」っていうのがあった。米を食べたくなったら行ってみようかと思ったけど、結局行かなかった。
 トルコ系の移民も多いのでケバブ屋がファストフードとして定着していて、どこにでもあった。

 そんな感じでようやく二日目は終わり。12時ごろにホテルに帰り、たぶんこのままベッドに倒れて、二、三時間後に目が覚めて風呂に入って、ノートに今日の出来事をメモしてまた寝た。
 この日最大の謎、部屋の鍵はおばさん方式でも開けられず、頑張ってたら偶然開いたので入れた。
 
 このドアの秘密は翌朝、完璧に解明した。


 
 
 
 

 
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コメント


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笑顔が素敵ですね。何度見ても爆笑してしまいます。もう2,3ヶ月たっているのに結構覚えているんですね。まぁ自分も半年以上前に岩見沢から乗せてもらったことを覚えているんだからフツーか…

Alair | URL | 2008年05月26日(Mon)23:17 [EDIT]


わかんないように写真小さくしたのに。

まああれは印象的だったからね。あのときいきなりかかってきた電話での会話とかよく覚えてるよ。

だっしゅ | URL | 2008年05月26日(Mon)23:46 [EDIT]


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