こっそりぶろぐ

こっそり書くが別に秘密にもしない。

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イチイチキュウ

 家を出たのは21時ごろ。道場に行くには遅いが、少し運動するくらいの余裕はある。というわけで軽い運動をかねて、自転車でどこか遠くのコンビニにジャンプの立ち読みに行くことにした。コンビニは特に決めず、とりあえず適当に自転車を走らせて疲れたら立ち読みをして帰るつもりだった。

 そんなわけでカービィのパクリみたいなキャラクターで有名な某TV局の近くを通りかかったときだった。前から歩いてきた女性が突然、壁にもたれかかるようにして崩れ落ちたのは。
 声をかけようか迷ったが下り坂でスピードが出ていたこともあり、それよりも関わるのを面倒に思ったこともあって、横を通り抜けてから2,30m迷いながら走った。ただの酔っ払いかもしれないしちょっと具合が悪くなって座り込んだけどすぐ立ち上がるかもしれない。が、やっぱりあの倒れ方は無視するわけにはいかない、と意を決して停まって振り返ってみた。
 その人はやはりまだ壁にもたれかかって座り込んだままピクリとも動かない。
 ちょうど通りがかった別の人が声をかけようとしている様だった。この期に及んでも知らん振りして通り過ぎようかという考えも少しあったが、坂を登ってそこへ行くことにした。

 仕事帰りらしい、ぼくと同じか少し上くらいの年の女の人が、倒れて目を閉じている女の人の肩を抱いて懸命に声をかけていた。もう一人、初老の外国人男性もそばで様子を見ている。
 様子を聞いてみると、今は寝ているのか目を閉じて返事も無いがはじめは意識は一応あったようで、女の人が声をかけたとき紙を渡されたらしい。
 ぐったりしているがとりあえず息はしているようなのを見て少し安心した。
 そして慌てた様子の女の人に、「この病院に通ってるみたいですけど連絡したほうがいいですかね?」とその紙を渡された。

 その話を聞いて、これは意外と簡単に終るかもしれないと思った。通院している病院が書いてあるってことはやっぱりなんか持病があったのか。もしかしたら薬も持ってるかもしれないし、紙に発作が起きたときの対処法が書いてあるかもしれない。それがあればその通りにして、そうでなくてもその病院に連絡すればいいかな。

 ところが紙の内容はそんなものではなかった。ルーズリーフかノートを破ったような紙には、4,5行に渡って大きめの字でこんな感じのことが書いてあった。
 「ODしました。両親には知らせないでください。お酒もたくさん飲みました。病気も治らないし、云々。
通院先○○××  □□△△(名前)」

 おう!何だこれ。
 とりあえずODって何だろう?でもお酒飲みましたってことは他に何かを飲んだってことで、文脈から言っても本人の様子を見てもまあ薬のたぐいだろう。
 とりあえず通院している病院があるなら119よりはそこに連絡したほうがいいと思ったが、病院名しか書いておらず、電話番号がわからない。
 この病院は精神科、神経科、心療内科などもあるようなので、おそらくその関係で通院しているのだろう。

 ちょうどそこでまた何かつぶやきはじめた、けど英語だと介抱している女の人が困惑していた。

 聞いてみると、蚊の鳴くような声だがものすごく流暢な発音で"Kill me ….Kill me, somebody…."だ。はあ。
 「英語?!」と反応したのは外国人男性。ここから彼が英語で色々質問すると、弱弱しいがちゃんと英語で返事をする。本当にたまたまここに外国の人がいて良かった。ちょっと出来すぎな感じもするが、その人は長く日本に住んでいるのか、日本語も完璧だった。
 ぼくに向かって声を潜めて「殺してくれと言ってます。」と耳打ちしてきた。そのくらいわかるよ。
 それにしてもこの朦朧とした状態で普通にこんな英語で会話するなんてこの人は何者だ。留学でもしてたんだろうか。そばに外国人がいるから英語で話し始めたというわけでもなさそうだ。そこまで周りに気を遣う余裕は絶対ないだろう。
 外国人男性も、この人が最初英語で話し始めたのを聞いてどこの国出身か確認していたが、Japanと言われていた。まあ、紙に書いてある名前も完全に日本人だったし。
 言ってること自体は何を言ってるかわからないような難しいことは言ってなかったし、日本語も絶対わかるはずだが、こっちも英語で話しかけなきゃいけないような雰囲気だったので、あの外国の方がいてくれて助かった。一人だけ大きく年上だったので頼りにもなった。

 そんなとき、スーツ姿のいかにも新入社員という感じのフレッシュな印象の若者が声をかけてきた。そこで状況を説明して、紙に書いてあった病院を知っているか聞いてみたが、知らないという。彼はケータイで連絡先を調べてくれたがちょうど電池が切れそうになったのでぼくがかけた。
 誰も出ない。
 その頃になってようやく倒れている女の人が自分のカバンから病院の診察券を出してきたが、電話番号も間違っていない。診療時間はとっくに終っている。
 家族にも知らせられないし、家の住所は近いが一人暮らしだと言うので送っても意味がない。
 見た目は全く派手ではなく大学生のようにも見えたが、すすきので働いていると言っていたらしい。

 すぐに119番した。
 何かの参考になるかもしれないので、そのとき聞かれたことをまとめておく。
 まず、火事か救急か、次に現場の住所を聞かれる。そして、病人の性別、年齢、状況などを結構詳しく聞かれ、通報者の名前を聞かれた。最後に救急車がもう出たので来るまで付き添っていてほしいと言われて電話が終った。

 救急車が来るまでの間、迷惑をかけたくないから放っておいてくれとか殺してくれとか、英語ですすり泣くような声で言っていたが、興奮している様子ではなかった。あくまで朦朧としていて体には全く力が入らず立ち上がることもできない感じなので、何かしでかすような心配はなかった。
 その間にまた新しく通りがかったおじさんが近寄ってきたが、もう救急車が来るまでやることはなかった。みんなで「もう大丈夫です。」と言ったが、結局その人は救急車が来るまでそばにいて、サイレンが近づいてきたときに、道路に出て腕を振り回すという役割を果たしてくれた。

 倒れていた人は最後にみんなに謝っていたが、それも“I'm really sorry,everyone.”というような調子だったのでみんなどう返事しようか迷っていた。
 「本当にソーリーだと言ってます……ということはわかってますね…。」外国人の人が一度説明しようとして、わからないのは言ってることではなくて対応だという事に途中で気づいて言い直した。

 そしてサイレンの音と共に反対の車線からやって来て、そのまま一般の車とは逆の方向を向いたままこっちの車線に入って停車した救急車を見たとき、やっぱり救急車は無敵だと思った。交通ルール的に。
 到着した救急隊の人に荷物とあの紙を渡すと、その人は担架というよりもベッドのようなもので救急車に運び込まれていった。
 ところがなかなか救急車が発車しないので、見送るつもり待っていたぼくたちも結構微妙な雰囲気になってきて、「もう…大丈夫ですよね…?」と、最後にみんなでお互いにお礼を言い、頭を下げてお疲れ様でしたと解散した。

 結局そのあともあまり運動する気にもなれずその近くのコンビニでジャンプ読んで帰った。

 今回は色々夕張岳を思い出したが、あの時よりも冷静に対処できたことと、とりあえず最後まであの人が生きていたことであのときよりはマシだったと感じた。あの介抱していた女の人と、病院を調べてくれた爽やかな青年の慌てぶりが、ちょうどあの時のぼくやHiguくらいに見え、少し懐かしく思った。
 
 終った直後は結構最善を尽くしたつもりだったが、今考えると水を飲ませたり吐かせたりした方がよかったかもしれない。あとからODを調べたらやはり薬物の過剰摂取(オーバードース)のことらしい。
そうでなくても酒もかなり飲んでいる様子だったので、リセットボタンは押すべきだったかも。路上だけど。
 救急車を呼ぶのももっと早くてよかったかもしれない。とりあえず呼んで、くるまでの間にかかりつけの病院に連絡を取れたらそこに運んでもらうとかでも良かった。まあ、でもそんな変わらないかも。

 それにしても、あれは本気で自殺する気はなかったんじゃないかと思う。少なくともあの倒れているときには。わざわざ紙に通院先が書いてあるし、意識が朦朧としているせいかもしれないけど病院の連絡先を聞いたら素直に診察券を出した。
 本当に死にたい人がそんなことするだろうか。そもそもあの紙はいつ用意したのか。遺書というわけでもなさそうだ。その人が唯一しゃべった日本語は「部屋までは行こうとしたけど…」だ。それ以外は英語。部屋に帰るだけでそんな紙持ってて、一体誰に見せるるつもりだったのか。
 リストカット的なもので、死ぬまでのつもりではなかったように思う。
 まあ病気のせいもあるだろうし、アレは本当に遺書で、もう死ぬのが決まってるから声をかけてきた人に渡したので、本気で死ぬ気満々だったのかもしれない。人の考えてることなんかよくわからん。
 でも、本気でもウソでも死ぬようなことやったら死んでしまう。太宰みたいに。あの様子は危険な状態だったことは間違いないだろう。

 今回で救急車の呼び方を覚えたが、もう二度とこういうことがあってほしくはない。全く知らない人だからまだそこまででもないが、それでも少し気が滅入る。
  
 スキー場で足折るとか雪道で酔っ払って骨折とか、ローソンのトイレで酔っ払って倒れてるとかならいくらでもスノモでも救急車でもパトカーでも呼んでやるけど。自殺とか精神的なものは後味が悪い。
 目の前で倒れたりするのはもちろんだけど、知らないうちにいなくなったりするのもだ。だいたい目の前で倒れるのは見ず知らずの人だ。知ってる人はむしろこっそりやろうとするから始末が悪い。 

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会話の縄跳び

沈黙ブレイクができない人に共通するかもしれないけど、会話してるとき、どのタイミングでどんな発言していいかわからない。と今日の飲み会で思った。
メンバーは自分を除いて同期3人+偶然会ったヤマチューだったから今さらという気もするが。

そういうときは長縄跳びでなかなか飛び込むタイミングがわからずに、縄に入るのをすごくためらって結局入れなかったりするときの気分に似ている。
それで強引に入ると、縄に引っかかったり前の人とぶつかりそうになって互いに譲り合ったりっていう状況になる。
難しい。

特に初対面の人とかが相手だとすごく難しいが、普通はお互いなれてくるとタイミングとかわかってきたり、縄を回すほうで合わせてくれたりして縄跳びも続くようになるし、早く回しても大丈夫になってくる。

ただ、同期相手だと慣れすぎて、最初からもう縄跳びをするつもりもなくお互いに地面に置いた縄をまたいだり踏んだりしてたり、もう縄とか無視してあさっての方向にボールを投げて遊んでるような意味わからん状況になることも多い。特にけんやじゃがー。

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一安心

お腹に石はあったが、虫はいないことが今日の手紙でわかった。

礼文から帰った次の日に利尻礼文メンバー(-1人)でエキノ検査行った時の結果。みんなは無事だろうか。
特にローマ。

そういえばあの日はその後、後輩たちと映画も観にいった。良かった。
終った瞬間、だいだいがすかさず「コンプリートDVDを買う!」と宣言したほどだ。唐突過ぎてみんな最初意味がわからなかったけど。
ローマがデジモンの映画に似ていると言っていて、そのときは何か引っかかるものを感じたがへーとしか思わなかった。ところがそれでさっきどんな映画か検索してみたら、実は観ていた事がわかった。完全に忘れていた。
弟が観たいと言うので連れて行ってあげたんだった。釧路だったから中学生だったかな。弟は小1?偉い兄だ。もちろん映画代は親から出た。
そのパターンで観た映画は他にドラえもんとか千と千尋の神隠しとか。

全く何の予備知識もなく行って、期待もしてなかったのに意外と面白かったと思ったんだった。

懐かしいなあっていう話ではなくて、せっかく見て、結構楽しんだのに忘れ去ってしまっている自分の記憶力が悲しい。せっかく観たのがもったいないなあ。まあ、こうやって思い出せてよかった。
特に最近は本とか映画とかでどんなに面白く感じても一回観ただけではけっこう忘れてしまう気がする。

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死を覚悟した。

 今回はちょっと恥しい話。
 あまり読まないでほしいような気もするが、ここに書きでもしないとこれだけ苦しんだ意味がない気もする。

 今年は9連休も取ってしまったおかげか、良い夏休みだった。
 今日から仕事だったが、意外と爽やかな目覚めで、仕事へのやる気も満ち溢れていた。よく考えたら休みのときのほうが毎日早起きだったし。

 ところが、家を出ようとしたとき突然腹痛が襲ってきた。へそより下から右にかけての辺りが痛い。まさか盲腸?とも思ったが、噂に聞くような痛み方とは少し違う気がする。しかも夏休み明けで更に病欠というのは怪しすぎるので、とりあえず一度職場まで行って様子を見ることにした。
 地下鉄で脂汗がにじむほどの痛みのピークがあったが、そのあとはなぜか治まってしまい、JRに乗っているうちに何も感じなくなった。

 やはり盲腸じゃなかったと安心し、普通に一日仕事をしたが、なぜか終った直後にまた腹痛がやってきた。
 しかも今回は朝より強烈で長引いている。職場を出てから更に痛みは増し、本気で救急車を呼ぶか迷った。
 この痛みは、今まで普通の腹痛では体験したことがない。ただ、ある経験によく似ていてそのことを何度も思い出した。少し気が引けるがこの痛みを表現するのに一番いい例えは、僕の経験の中ではただ一つ。サッカーをしているときにボールが偶然、または空手の組手のときに相手の蹴りが偶然、いわゆる男の急所、武道用語で言うところの金的にヒットしてしまったときのあの痛みだ。
 あれは当たったところではなくて、なぜか腹がものすごく痛くてうずくまってしまうが、痛さの強さも感じもあのときの腹痛によく似ている。違いは、少しそのときより痛む部分がこころもち上な気がするだけだ。

 とりあえず駅まで行く途中にある病院まで頑張って行くことにした。途中で何度もしゃがみこむほどの痛みに耐えながら、なんとかたどり着いたそこは、既に診療時間が終っていた。
確かに明かりは消えているが、ドアは開いている。
 入るしかない!
 まだ残ってなにか会議みたいなことをしている受付の人に「急にお腹が痛くなったんですけど、何とか診てもらえませんか?」と頼んでみた。
 少し待たされたので、もしかしていけるかと期待したが当番の病院を紹介されただけだった。そこまでどうやって行けばいいか聞いたら、紙に地図を書こうとしてきた。
 その時の僕はいすに普通に座れないほどで、ものすごく体を丸めて痛そうにしているのに、平然としている受付の人たちはやはり見慣れているんだろうと少し感心したが、道順を教えられても駅までも歩けない。タクシーを呼んでほしいと言ったら、公衆電話代10円を請求された。
 痛みで気が立っていたのでかなりイライラしたが、表に出さずに済んだ。このときはホントに死ぬかもしれないと思う程の痛みだったが、後から腹を立ててしまったことを後悔した。修行が足りない。

 何とかタクシーで次の病院に行くと、なぜか残っているのが泌尿器科の先生だけで、応急処置的なものになるがいいかときかれた。もう応急でもなんでもいい。
 そのあとも症状を書かされたり色々悠長な対応をされてかなり腹が立った。そして診療のために僕を呼びにでてきたと思われる看護師さんが、どっかの企業の営業みたいなのに捕まったときには怒りと焦りと悲しみと諦めと激痛に苦しんだ。今はまともに立ってられないほど痛いけどこの営業にも同じような痛みを味あわせるくらいの力は残っているぞ!と心の中で思うほど切羽詰っていた。

 その後の検査や診察でわかったことを文学部的に解釈すると、こういうことだ。

 一年のときに受けた講義に「呪術・宗教・科学の何とか」という文化人類学の演習のがあった。そこで錬金術と言うのは金を作るのが最終目的ではなく、本当の目的はあらゆる物を金に変えることのできる“賢者の石”を作ることだということを学び、印象に残っている。ある論文の賢者の石についての詳細な記述なども配られたが、それは金を作るだけでなく、石自体が不老不死の薬だったりして、呪術的なものすごく難しい理論に従って作られるものだと考えられていたいうことだった。
 よくマンガやゲームに出てくる賢者の石のモトネタだろう。

 と言うわけで、僕の体の中には二人の錬金術師がいた。大体両わき腹の腰の辺り。名前は仮にキドニー兄弟としておく。

 この兄弟は普段はその錬金術で生み出した黄金色の液体をそれぞれ二人の間にあるダム的な役割を果たす袋にパイプを通して送り続けている。そのパイプは、大学に伝わる伝説に従って仮にカレーパイプと呼ぼう。そしてある程度ダム的な袋が一杯になったら外に排水される。

 ところがその兄弟の、立ち位置が右のほうが賢者の石を完成させたのはいいが、カレーパイプに誤って落としてしまったらしい。賢者の石は、カレーパイプの中を流れていったが、途中でパイプの狭いところに引っかかったりしたときに激痛を引き起こしているというのが現状だ。
 その問題を解決するためには、黄金色の液体をどんどん流して、カレーパイプから外に押し出すのが一番らしい。とりあえずダム的な袋まで押し流せば痛みはなくなるらしいが、どうしてもダメなら外から衝撃波で賢者の石を砕いて流れやすくすることも出来るそうだ。
 だから、石を葬るために僕はどんどん水分を取ってどんどんトイレに行かなければいけない。対処法を聞いたとき、真っ先にウヴォーギンが頭に浮かんだ。

 病院で色々やってるうちに痛みはまだ依然あるものの、峠は越えたと見えて立ったり普通に座っていることもできないほどではなくなった。しかし、帰りの電車で再発し大変な苦痛を味わった。しかも、列車が鹿と衝突したとか言って遅れるし。家に着いた今は小康状態が続いている。

 これで明日の朝痛みがきて動けなくなったら、尿管結石で仕事を欠席か…。おもしろいなあ。

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夏休み終わる。

沢が増水してた。幌尻はまたしても行けなかった。

しょうがないので二日使って気の向くまま北海道をぐるっと浅く広く見てきた。
釧路の近くの駅で、実は初めてのSt.Bを経験したりしたけど、快適だったがSt.B自体には特に何も新しい感動はなかった。エッセンもしなかったせいかも知れない。

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トーチカとアイスパビリオンが意外と良かった。

幌尻は去年小屋の予約でつまづいたが、今年は登山口まで行けた。
去年買った沢タビもムダに近くの沢で使ってみた。確かにすごい。
今度は近々プレで小屋まで行ってみる予定だ。再チャレンジは来年なので、少しずつピークに近づいていこう。
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キーワード

 明日から幌尻岳行くから、利尻のこと書かずじまいになってしまわないようにキーワードだけ羅列しておく。そうすれば帰ってきてすぐに先に幌尻のこと書いても、書いた後でこの記事をちゃんと文章にしておこうという気になるだろう。おそらく。

8/16
2ー3、暗い、朝になる、島?、長官山、オシャレボーイ、Peakぎりぎり間に合う、人増える、「ガンバレ日本」、甘露泉水、テン場の料金、3度の発作、合併号、ゆーに、温泉と猫、チャリorカー?、買出し、島一周(送迎つき)、ミルピス商店、歌と睡眠、オコジョ?、オタトマリ、展望台、姫沼、橋、テン場の悲劇、軍手とラリックマ、キムチ鍋、恐怖の一夜

8/17
とろろご飯、フェリー、礼文、どっちの料理ショー、トドのテッピ、浮島パフェ、徒歩で、軽トラ、緑ヶ丘キャンプ場、洗濯、また徒歩で、海、ぎりぎりバス、スコトン岬、ひそひそ「1500円で…」、ゴロタ岬とバスの運転手、時間がない!、靴を履き替える、努力対シックスセンス、「もしもし」、高い店、漁業組合の人、缶コーヒー、やっとはっきり利尻山、再びテン場、カレー、プーチの遺志を継ぐ、飲んで寝る

8/18
カレーうどん、チャリで知床へ、うにせんべいの悲劇、時間ない昼食、フェリー、稚内、ドーム、バス

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8月15日

1.クマ 0:30

 チャイムが鳴った。
 すぐそこまで迫った試験の対策に追われているクマは、東京からやってきた男を深夜に迎えた。3ヶ月ぶりだが、全く変わっていない。ただ少しやせたようにも見える。苦労していると言う噂も聞いている。
 この日のために準備は出来ていた。 部屋も片付いているし、アタックの中にはこの同期が山に行くための装備が詰めてある。山に登るとき着るように、まだ自分でも着ていない2着目の白いアルT(アルクカイと書かれたTシャツ)を渡す用意までしてある。
 この男はこれから泊まり、朝4時に出かける。睡眠時間は1時間くらいだろう。
もちろん旅から戻ってきてからもクマの家に滞在する。試験中も。
 以前話を持ちかけられたときは少し驚いたが、あの男らしい頼みでもあるし、飯もおごってもらえるということだったので了解したのだった。

2.ポンさん 4:50
 
 また同じところに戻ってきてしまった。ポンさんは舌打ちをした。
 今回の計画でレンタ係を任せられたポンさんは、朝一番にニチレンで車を借り、みんなを拾うはずだった。しかし寝坊してしまい少し遅れてしまった。ニチレンでニヤニヤしながら待っていたのはあの後輩だった。しかも乗ってきた自転車は三日もここに停めては置けないと言われ近くに停めに行かなければいけない羽目になってしまった。その後も拾ったメンバーの忘れ物を取りに戻るなどで時間が遅れている。
 想定外の状況の中、CLを迎えに行くときにいつもと違う道を使ってみたが、道に迷ってしまったのだ。この辺りはなぜこんなに一方通行が多いんだ。
ハンドルを握りしめながら焦るポンさんは、なぜか道を間違えたポンさんを見て嬉しそうな後輩二人を苦々しく感じながらも、ついに目印の大福屋を見つけ、ポンピングブレーキで減速していった。

3.うっちょり 15:30
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 稚内から南へ向かいながら、うっちょりは考えていた。これから石狩縦走の登山口へ差し入れに行くかどうか。

 行きたいけど向こうは稚内と違って天気悪そうだからなー。わっかんないなー。

 だっしゅもローマもいない車内でダジャレが虚しく響いた。まあ、ローマはあまりダジャレに気づかないけど。

 しかし、あいつら大丈夫か。稚内はちょっと晴れてるけど、来る途中の豪雨やあの雲を見る感じ多分利尻晴れないだろう。かわいそうに。おととし俺が行ったときはすかっ晴れだったけど。あー良かった。今回行かなくて。
 それにしてもあの後輩達、フリースも持ってきてないなんて何考えてんだ。俺が気づいて稚内のスーパーでトレーナーを買わせなければどうなってたことか。寒いにきまってんだろ。ニュース見てないのか。
 これでCLのだっしゅには貸しが出来たな。まあ、流石に同期はみんなちゃんと持って来ているようだったが。
 しかしあいつも、稚内で留守隊頼んできたからなー。ただのドライバーなのに計画書がメールで送られてきたからおかしいと思ってたんだ。俺が明日用事あったらどうするつもりだったんだよ。そういうことは早く言えよ。

4.I 15:30
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 うちは、Iである。あだ名はまだない。
 さっきは、あずどんの差し入れ“利き水”でローマと共に全問正解したどん。なぜか今回の計画では人の名前だけでなく語尾までもどんにするのがマイブームだったどん。
 それにしてもだっしゅどんは全部間違えるとかあり得ない。罰ゲームでみんなに飲み物をおごらされていてかわいそうだったどん。
 今乗ってるフェリーから見る利尻は雲に覆われていて裾野しか見えないけど、明日は大丈夫かな。
 それにしてもフェリー用に4冊も本を持ってくるとは、ポンさんやるな。

5.だいだい 18:20
 
 プーチさんのテントまじ重いっすよ~。(テディの)バルトロにも入らないから外付け。これはヤバイ。マジで。でも明後日は礼文のキャンプ場で遺志を継ぎますからね。見ていてください、プーチさん…!

6.ローマ 22:00

 やばい、眠れない。疲れてるはずなのに…。
 さっきCLの独断で、車道ではなくて登山道歩いてキャンプ場に着たからなあ。
 あの時は途中で暗くなってくるし、アタックは重いし看板に30分と書いてあるから油断してたらなかなか着かないし…。腹も痛くなってきてアレを使ってしまったじゃないか。キャンプ場にアレを捨てるところがあってよかった。あと、たまゆらじゃなくて良かった。
 まあ、明日の日の出前行動のプレにはなったか。
 眠れないのは夜は意外と寒いせいもあるかも。2000円は高いけどスヌーピーのトレーナーを買ってよかった。だいだいとおそろいだし。
 寒いからあのおっさんは一人で肉を焼いていたのだろうか。こっちのテントに来て余った肉をくれるのかと思ったら、なぜか100円で売りつけてきたな~。しかも今日はエッセンしないからいらないって言ってるのに強引だった。明日まで賞味期限もつか聞いたら、わからないけどとりあえず余るのもったいないから買ってくれとか言ってくるし。しまいには、タダでもいいけど気持ちで値段を決めてくれとか言い出したなあ。だから値段の問題じゃないって!なんか火を起こすのめんどくさいと勘違いしたのか、勝手に僕たちの分を自分のテントのところで焼き始めたから自ら止めに行ったぜ。
 こっちはちゃんと上陸してすぐの“食堂さとう”で夕飯を済ませているんだ。盛りとか色々サービスしてもらった上に、最後おにぎりまで握ってくれそうだった。なんだかんだでその話は良くわからなくなったけど。
 ああ、眠れない。明日早いのに。寝返りでも打つかー。
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出発

計画書作るとき、東京の住所がわからない人にメールで聞いたら、返信してきた住所の後に(笑)をつけてきた。あの住所がほんとかどうか怪しい。

今から用意。早く寝たい。

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豪遊

火曜日から遊んでしまった。

初めは今週末の利尻の差し入れをもらうだけだったのが、せっかく札幌に来たのだからと夕飯を食べることになり、色んな人を誘って断られ、結局食べ終わった頃にけんが来た。

けんは来るなり北大飯店の裏メニューを頼むと、なぜか一人でバーに行きたいとのたまわった。
みんなで行くことになったが、どこにバーがあるか誰も知らない。ところが向かう途中でヤマチューとすれ違うという奇跡が起きた。さすが「『バーテンダー』の申し子」だけあって、誘うとすぐに来ることに。
そして彼が密かに行く計画を立てていた、あるバーにいくことに。

本物のバーと言う感じで圧倒された。

そのあと、500円バーで庶民に戻り、タクシーで家にさっき着いた。
明日っていうか今日仕事なのにもう3時半!おやすみなさい。

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夜明け前

熊のいない島、利尻は日が昇る一時間ちょっと前から行動することにした。

去年行った鳥取の大山のときも御来光を見ようと日の出前行動をしたが、あのときは天気が悪くて気づいたら明るかった。太陽はピークからだいぶ降りてから見た。そして一人で真っ暗な山は結構怖かった。お堂とかあるしカラス天狗で有名な山だし。
よく考えたら藻岩での山と酒の会や円山からの花火見物、藻岩からの花火見物、円山夜の登山など、札幌の山なら何度も夜に登っていたが、特に怖くなかった。人がいたからだろうか。

土曜日に利尻の打ち合わせで山に深夜から登りたいと提案したとき、プレでその夜に一度山に登ってみよういう話に急になった。
最初はいつもどおり藻岩や円山を考えていたが、新しさとプレとしてのレベル、運転のプレとしての遠さ、そして山自体の手軽さを求めて同期四人で樽前に。7合目まで車なので行動時間は往復一時間く半くらい。藻岩より短いくらいだ。

一度行った事があるのにまさか樽前であんなに感動できるとは思わなかった。
月明かりがあんなに明るいなんて。木のない開けた場所ではヘドラも入らないほどだった。雲もあったし、下のほうは少しガスっていたがそれもなかなか雰囲気を醸し出していた。星もそこそこ見えた。
いつもより山の木の匂いも濃く感じる。
夜の山には、いわゆる写真には写らない美しさがあった。光が足りなくて写真だと真っ暗になるから。

ピークの辺りでは「DEATH NOTE」の一番最後のところ、キラ信者の行列が夜、山で祈っているシーンを思い出した。
帰ってもう一度見てみたがやっぱり雰囲気が近い気がする。
あとバガボンドにも似たような風景の場所で小次郎が戦う場面がある気がしたが、気のせいであれは日中だった。

そういうわけでプレは大成功だった。
来年富士山で御来光を見るプレにもなるかも。

下ってる途中、駐車場に車の明かりが見えたとき、全員がじゃがーが差し入れにきたんじゃないかととちょっと思った。なんという信頼感だ。
実際は次の日登るためテントを張っている登山者と思われる人たちでした。

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夕飯

なんで遠くに行ってる人がたまに帰ってくると夕飯が豪華になるのか。

今週だけで馬刺し、サッポロビール園でジンギスカン、カニ、エビ、ケーキ、刺身などの豪華なものも出たし、普通の家庭料理もせっかく帰ってきたのだからと気合が入ってる感じがする。

絶対実家にいて大学に通ったほうが方が役に立ってるし、経済的にも負担が何倍も少ないはずなのに、毎日実家に帰っても夕飯もないときがあるし朝ごはんも昼ごはんももちろん作ってもらえなかったなんて何かが間違っている。大学4年間で一回もジンギスカンなんて連れてってもらってないよ。
レア度がそんなに大事か。

それはともかく、今日は夕飯の用意が出来たときに弟が
「さあ、晩飯と洒落込もうか。」
とか言ってたのを聞いて耳を疑った。
シャレコモウカ…?現実に使うの??

「なんでそんな芝居がかってんだよ。」
「細かいことは気にすんな。」

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マトリョーシカ

ビアガーデンの次の日、こんな夢を見た。

朝家に帰ってきて寝ていると、たくさんの人が入れ代わり立ち代り部屋に入って来て、どこかに遊びに行こうと誘う。
せっかくの日曜なので行きたいのだが、やっと帰ってきて寝たばかりということもあり眠気に勝てず、目を覚ますことが出来ない。そのうち、僕の足を蹴ったりする人まで現れる。

いよいよ、みんな僕を連れて行くことを諦めて、どこかへ遊びに行ってしまうというときに、力を振り絞ると何とか目を覚ますことができた。

よし、行こうと思って周りを見ると何か様子が違う。人が入ってきた形跡がどこにもない。
ああ、何だ夢だったのか。せっかくの日曜を無駄にしたくないからこんな夢を見たんだろうか。

でももしかしたら本当に誰かじゃがー辺りから誘いのメールか何かが来て、その着信音でそんな夢を見たのかもしれない。よし、起きよう。

と思ったとこでそれも夢だと言うことになぜか気づいた。

でも、「起きよう」と言う思いは変わらず強いので何とか起きようとしてみた。
でも、疲れているのか全く体が動かない。
まず、手。ダメ。
じゃ足。ピクリともしない。
とりあえず頭を上げるか。無理。
意識はあるのに目さえ開けられない。

よく金縛りっていうけど、縛られていると言うよりは自分の意識に体が反応しない感じ。
事故とかで半身不随で体が動かないって言う感覚が今までわからなかったが、きっとこんな感覚なんだろうなと後から思った。
途中から、どうせ誰からの誘いもきてないだろうし起きてもムダだからやめようかと思ったけど、もうそんなことはどうでも良くなっていた。目的のために起きるんじゃなく、起きるのが目的になっていた。これだけ深い眠りから自力で起きたことはいまだかつてない。

精神力を振り絞って、とりあえず無理矢理目を開こうとしてみた。きつかったのでいったん指を動かそうと集中したら少し動いた。
今だ、と目に力を込めたら何とかまぶたを開くことに成功した。
でも水の中で目を開けたみたいで全てが霞んでいる。本当にこんな視界になることがあるのか、マンガみたいだと思った。

そこから何とか頭を振ってその力を利用してそこから上半身を起き上がらせることに成功した。
起きてみたら寝てから1時間も経っておらず、もちろん誰からの誘いもなかったが、せっかくなのでその日はそのまま起きていた。

目覚めたときはあれだけの深い眠りと金縛りに打ち克った自分の精神力に自信を持った。もう車輪眼で幻術をかけられても打ち破れる気がする。

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夏が来た

雨ばかりで寒かった7月も終わり、やっと夏らしくなってきたので大通公園のビアガーデンにみんなを誘って行ってきた。

前日の天気予報では曇りのち雨だったが、当日は朝からきれいに晴れた。
そして暑かった。適当に決めた集合時間の1430に唯一来たじゃがーが、なかなか日陰から出ようとしないほど。

いつものキリンで飲む予定だったけど二人しかいないということもあり、まずは今年から出来たドイツ村で飲むことにした。
向かう途中で一人増え、ドイツ村でドイツのビールを飲みながらソーセージ、パン、コンビニのお菓子なんかをつまんでいるうちに3人増えて、6人になったところでキリンに移動。
心得ている人たちは言わなくてもおつまみを用意してくるところが素晴らしいと思った。もちろん今回はガッツはない。

このとき16時半くらいだったが、キリンはもう席がなかったのでサッポロへ変更した。
空いていたのは日差しがもろに当たってすごく暑い席だったが、その分ビールが美味しく飲め、青空がすごくきれいに見えた。
夕方になり涼しくなった頃、更に二人が来て席が足りなくなったので、芝生に行くことにした。

芝生で飲むのは初めてだったが遼太郎(シバ)はふわふわしていて意外と良かった。
ここで暗くなるとまた続々と人が集まってきた。指レンジャーの召集に応じて今年の石狩隊の1年生の子までもが来たことは驚きだった。いくら縦走が一緒でも四年目の先輩の誘いでその先輩より上の、会ったこともない先輩ばかりのところに一人で乗り込むなんてすごい積極性だ。少し見習わなければいけない。そのせいか、あのうっちょりが敬語まで使って大変丁重に扱っていた。先輩に対するよりも丁寧だった。
僕は話すのは初めてだったが、周囲にいたのが石狩経験者ばかりだったので話題には困らないで済んだ。

今回、これぞ酔っ払いと言えるような感じになっていたのが2次会含めて少なくとも3人いた。
一番印象深かったセリフは
「何度も二本指でリセットボタンを押してるのに酔いがリセットされないんですよ。」
ドイツ村から長時間飲んでたからだろうか。久しぶりにあんな姿を見た。

2130に電気が消え、ビアガーデンが終ると一度解散。帰る人は帰り、実験する人は大学へ行き、残りは二次会へ流れた。
2次会はカラオケ組と飲み組に分裂。
飲み組のもとには途中から、会社の同期の結婚式の3次会から駆けつけた酔っ払いが加わった。
その後3次会でラーメン屋に行き、4次会のマックでカラオケ組と合流した。
2次会開始ごろから降り始めた雨のせいで自転車で帰れなくなったので、終電がなくなった当別町民と、マンガを読みたかった(?)その同期と3人で5次会で近くの漫喫へ。3人だと大きな部屋を借りられて快適だったが、自分自身の未熟さゆえに満喫することはできなかった。
こういうところで夜を明かすときは寝るなら寝る、マンガを読むなら読むでどちらかに徹しきるべきだ。どちらも中途半端にこなしてしまったため、朝には体力も回復できずマンガも読みかけという何も得られない状況で店を出ることになってしまった。
山チューお勧めのマンガ「バーテンダー」を探すことさえ忘れてしまっていた。

それにしても、開始の1430から2次会の終った030ごろまで、10時間近くもアルコールを摂取し続けたのは人生初だろう。

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そういえばもともとこんなだった

弟が帰ってきた。
親に何で?ってきいたら夏休みに決まってると言われた。
そうか、もう夏休みか。既に短い夏休みに慣れてしまっているのが悲しい。

帰ってきた日は、僕の部屋に入ってくるなりマイケルジャクソンのスリラーを適当に歌って踊り出したので、「もう死んだよ」って言ったら「常識だろ」って言われた。
今日は朝起きたらすぐに、スピッツの正夢を変な振り付けで歌いながら、まだ布団から出ていない僕の部屋に入って来た。そして少しやって満足すると「じゃ」と扉を閉めて出て行った。

何で?夏休みだから?

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